読書の進化。
久しぶりにビジネス書の類を読みました。
ページ数は250ページ程、見開きB5サイズの単行本によくある、余白や行間がたっぷり取られた本だったので、「2時間あれば終わるだろう」と軽い気持ちで読み始めたものの、丹念に内容を追いかけていくうちに、読み終えるまでに延べ5時間ほどかかりました。
恐らく普段であれば、想定以上に時間を費やしたことで、ストレスが溜まるだけの結果になっていたように思います。
しかし、あらかじめ「今年の三が日は静的に過ごそう」と決めていたことで、比較的に心穏やかに、読了まで漕ぎ付けることができました。
そして、読みながら気になった部分をメモしたり、目につく写真の掲載された箇所はデータにしたりと、1冊の本にじっくりと向き合った結果、読書体験が自身の血肉になった実感があります。
いわゆる、「まだその本を読んだことのない誰かに、(面白おかしく)お話できる程度」には、自分の理解を深められたのかもしれません。
実は、今回手に取った本、昨年末の段階で全体の7割ほどまで目を通したことのあるものでした。
最初に通読した段階では、著者が自説の根拠としているデータや事例に偏りを感じるなど、「考えが浅いのでは?」と疑問を抱く部分が多くありました。
しかし、きちんと腰を据えて読み込めば読み込むほど、「やはり1冊の本になるからには、相応の価値が込められているものだ!」と、読み手として謙虚な気持ちに立ち返ることができたのも、今回の発見でした。
思い返せば、今から10数年前の大学時代には、「本を1日1冊読み切ること」を自分に課して、実際にそのように過ごした期間がありました。
イスラム教の聖典であるコーランや、その難解さで有名なカントの『純粋理性批判』といった書物まで、「されど1冊は1冊」と同じ調子で消化していましたから、内容はほとんど頭(と心)に入っていなかったことでしょう。
その当時と比べれば、「本を読む」こととの付き合い方も多少は熟成されてきたのでは?と思える、2019年2日目の体験でした。